61年めの敗戦──フリーになった「Virtual PC」でフリーになった「Pacific War」を復活させる:勝手に連載!「レトロ“PC”ゲームが好きじゃー」(4/4 ページ)
「補給」で負けたわけではない「Pacific War」の日本軍
いろいろな要素が影響しあいながらシンプルにデザインされたPacific Warのロジスティックルールであるが、実際のゲームにおいて日本軍が物不足で動けなくなるケースはあまり発生しない。行動できる部隊の規模を制約するPreparation Pointも日本軍の使える量は本土に搬入できたOilの量に比例して決定するのだが、こちらも不足して身動きが取れなくなる状況に遭遇していない。
米国ではPCに日本軍を担当させるケースが多く、それゆれゲームバランスを維持するためある程度のゲーム的調整が加えられているのかもしれない。この種のゲームでは「整備」という概念を取り入れて、出撃した空母機動部隊は戦闘終了に整備と補給のために一定期間動けなくなるルールが採用されることもあるが、Pacific Warではプレーヤーがその気になれば毎ターンでも空母戦を行える(この点についてデザイナー自身も認めるコメントを公式に出している)。
そういう意味において、理屈では優れているように見えるロジスティックルールはPacific Warにおいてうまく機能していないといえるかもしれない。しかし、補給に問題がなくても日本軍は軍事的優勢を維持することができず、必ず連合軍に圧倒されてしまう。ほとんどの場合、Pacific Warにおける日本軍は、燃料不足で動けなくなる前に緒戦の戦闘で戦力を消耗して壊滅していくのだ。
戦略級のPacific Warでは個々の実働部隊の「戦闘行動」をプレーヤーが直接行うことはできない。プレーヤーが行えるのは部隊に「司令官」を任命し、目的地、任務、攻撃目標の優先順位を指示する。あくまでも「目的と行動の指針」を示すだけで、「第一戦隊の目標は反航する敵一番艦」とか「第29連隊はムカデ山の左翼に進撃」といった具体的な操作はシステムとして行えないようにしている。
部隊ごとに発生する個別の戦闘はプレーヤーが与えた「指針」に沿って自動的に攻撃目標を選び処理される。その戦闘処理では「兵器の火力」「兵器の装甲」というカタログスペックとともに「部隊の経験値」(experience)や「部隊の補給状況」(readiness)といった人的要素やロジスティック要素が影響する。例えば、陸上戦闘では“スペック”で決まる戦闘力に[経験値/100]と[補給状況値/100]が乗じられるし、空戦や海空戦における命中判定は攻撃側の経験値と目標側の機動力(空戦であればdogfight値、海空戦であれば目標艦のdurability値になる。durabilityは艦の排水量で決まる値であるが、図体の大きい艦ほど回避されにくいということか)を比較して評価される。
Pacific Warで航空隊の経験値を上げるには「訓練」という方法があるが、ある程度練度が上がるとそれ以上「腕を上げる」には実戦を経験するしかない。緒戦において、日本軍搭乗員の技術は連合軍を圧倒している。後方の訓練基地である程度まで成長したら、あとは実戦で腕を磨くのが搭乗員育成の理想像であるが、大抵の場合、否応なしに戦闘に巻き込まれベテランの搭乗員を次々と失っていくことになる。生き残れば経験値は増えていくが損害を受ければ新兵が補充されて部隊の経験値は低下する。貴重な空母搭乗員も度重なる海戦において1隻2隻と沈む空母とともに失われていく。
国家運営に関与できないPacific Warでは、空母を失うとすでに決定している建艦計画にしたがって就役する空母を待つしかない。そして、壊滅した航空隊が再編されたとき、日本軍においてその技量は絶望的に低い。これは、日本軍の航空隊が再編されるときに補充される搭乗員の経験値がわずか「20」をベースにして算出されるためだ。実をいうとこの「新人搭乗員の経験値が20」というところに日本軍が崩壊していく根本的理由がある。何度かPacific Warで太平洋戦争を経験すると、「米軍大型爆撃機による空襲や大量に投入される米戦闘機との空戦で航空隊が壊滅的な損害を受ける」→「再編された技量の低い航空隊が歴戦の敵航空隊に押しまくられる」という状況で日本軍が軍事的に圧倒されていくことに気が付く。
これを、米国人のデザイナーが設定する勝手なパラメータではないか、と見るかもしれない。しかし、搭乗員育成において米国と日本の国情が大きく影響していたのは事実である(当時の日本では“自動車の運転”ができないのが普通であった)。太平洋戦争が進むにつれて圧倒的に開いてしまう戦力差の原因である「生産能力の違い」はここでいうまでもない。日本が負けたのは単にロジスティックの軽視や個々の作戦の失敗という軍事的なミスの積み重ねではなく「国力」そのものである、というのがデザイナーがPacific Warの製作にあたって見据えていた「歴史観」なのかもしれない。
冒頭で「ミッドウェー海戦をテーマにした空母戦ゲームは作りにくい」といったが、Pacific Warも日本と米国の差がはっきりと出てしまうために「作りにくいゲーム」とされてきた。ルールの穴を突いたトリッキーな方法をとらない限り、日本軍が連合軍を圧倒するのは不可能であるし、もし、常識的な作戦を取って日本軍が米軍を軍事的に(“ゲームの勝ち負け”でないことに注意)打ち破るならば、それはデザインに問題があると評価するのがボートウォーゲームにおける「良識」であった。1930年代後半から1940年代の日本が勝利できるゲームにしたいならば、それは軍事行動に主眼を置いたウォーゲームではなく外交要素を取り入れた国家運営を題材とするシミュレーションになるだろう。最近のPCゲームでは「HEARTS OF IRON」シリーズがその典型的な例ということになる。
ウォーターラインシリーズの軍艦プラモデルを作ったとき、図面や写真、そして説明文だけでは十分理解できなかった「全体像」が模型を作ることで容易に把握できるようになる。同じように、文献では分かりにくい「太平洋戦争」という事象においても、ウォーゲームの中に構築された「モデル」を理解することが複雑に影響しあう各要素の因果関係を把握する1つの手がかりとなる(その構築においてデザイナーの主観が多分に反映されている“モデル”ではあるが)。
勝利条件などでゲームバランスをとる努力が行われているものの(人的損失に対する勝利ポイントにおいて、戦争末期になると米軍の損失で日本軍が得られるポイントが1.5倍から2倍に加算されるルールは興味深い)、軍事的状況としては圧倒されてしまうのが避けられないPacific Warは「ゲーム」としては問題があるが(PCゲームの関係者に「太平洋戦争で日本軍が軍事的に勝ってしまうのはウォーゲームとしてどうかと思う」と語ったところ、「勝ち負けが決まっているのはゲームとしてどうかと思う」という意見が返ってきた)、太平洋戦争の姿をとらえるためのツールとして十分に堪えうるデザインがなされている数少ないウォーゲームであることは間違いない。
搭乗員の経験値に圧倒的な差がついたとき、来襲する米軍の戦略爆撃に反撃するため「すべてが撃墜される」と分かっていながら航空隊を基地に展開し、使う術のない連合艦隊を「相応しい死に場所」を与えるためだけに「温存」し、出撃するのは輸送船団とその護衛艦だけという状況になる。そういう、「なにをしても無駄」という戦況に必ず陥ってしまうことに気が付いたとき、日本軍担当者はなにを思うだろうか。
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