リアルになっただけじゃない。野球の醍醐味を見事に再現した「熱スタ2007」:「プロ野球 熱スタ2007」レビュー(1/2 ページ)
「野球って何であんなに間が多いのか」、「ピッチャーはなんでさっさと投げないのか」。そんな疑問をお持ちの方、是非ともこのゲームを遊んでみてください。投手と打者の間で展開する駆け引き。それこそが野球の醍醐味だと分かっていただけるはずです。
野球の面白さを教えてくれる最良のゲーム
ここ数年、日本プロ野球の人気が芳しくないらしい。ここでは、その真偽や是非には立ち入らないが、一連の報道を見ていて筆者が思ったのは、野球を擁護する側が正しい意味で野球を擁護していないのではないか、という点だ。
スポーツやゲームは、まずルールを覚えることから始まる。ルールを知らないと、プレーヤーたちが何をしているのか分からず、見ていてもつまらない。だが、ルールだけ知っていればいいのか、というとそうでもない。将棋のルールを知っている人は多いだろうが、将棋番組を楽しく見られる人はそのうちどれぐらいいるだろうか。あるいはマラソン。ルールに関しては極度にシンプルだが、2時間強の間、ずっと飽きずに見ていられる人はどれぐらいいるだろう。つまり、ルールを知っているだけではダメで、それにのっとっていかに好成績を挙げるかという戦術、すなわち定石の知識が必須なのである。
野球についても同様のことが言える。野球というスポーツの面白さ、魅力、楽しさ、醍醐味を理解するためには、野球というスポーツの定石を知ることが大切になる。だから、野球を擁護しよういう人々が最初にすべきことは、野球の定石、言い換えれば駆け引きの面白さがどこにあるかを伝えることにあるはずだ。無論、専門の雑誌や書籍はそうした視点で書かれている。しかし、それはある程度以上の知識を持ったファン層に向けた情報で、野球のことをよく知らない、未来のファンのために書かれているわけではない。そして、ともすればこうした視点を忘れ、「プロ野球は日本人にとって長く娯楽の王道だった」、「野球の間こそはまさに日本的である」などといった、観念的、懐古的な意見が現れてくる。それでは野球の面白さなど伝わるはずもない。
そこで提案である。全国の野球ファンのみなさん。あなたが誘いたいと思う人といっしょに、この「プロ野球 熱スタ2007」をプレイしてみてください。なんだか唐突にゲームの話になったな、と思う人もいるかもしれないが、実際に遊んでもらえば、このゲームがいかに野球の面白さを伝えるのに優れているか、すぐ理解していただけることと思う。野球ゲームは数多いが、操作の簡単さと駆け引きの本格さという点において、これほどバランスが取れているソフトはそうはない。野球のことを知らない初心者に手軽に遊んでもらうには、操作が難しいのは向かない。その一方で、あまりに簡素になってしまって野球らしさがなくなってしまってもまずい。両者を兼ね備え、しかも臨場感あふれるグラフィックでそれを体験させてくれるこの作品は、まさに最良と呼ぶにふさわしい。
投手が投げるまでに何を考えているかが分かる
野球を理解するには、その定石を抑えることが必要だと述べてきたが、具体的に言えば、それは投手の思考を指す。あるいは投手を導く捕手の思考と言ってもいい。投手と捕手、すなわちバッテリーこそが野球の中核で、投手がバッターをどう攻めるか、それによって残る8名が動く。TV中継などではこの部分はわかりにくいが、実際に球場に足を運べば、状況や投球内容によって野手が細かく守備位置を変えているのが分かるだろう。
TVなどの好プレー集では、華麗な動きでボールに飛びつく選手たちの姿が映されるが、本当に守備がうまい選手は、バッターに合わせて守備位置を変えてしまう。だから、打球を捕る時にはつねに正面。このほうが安定性が高い。華麗なプレーは観客を沸かせるし、チームの士気も上げてくれるが、熟練した選手の、安定性を追求した職人芸も魅力だ。彼らは打者のフォームや思考を読んで動く。体だけではなく頭でも相手に勝つのだ。そしてこうした頭脳プレイをもっとも要求されるのが投手と捕手なのである。バッテリーがヒートアップしたり、動揺してしまったら、その試合はまず勝てない。
この投手の思考を「プロ野球 熱スタ2007」がいかに見事に再現しているか、見てみることにしよう。
例とするために、搭載されている「アスナロDASH」モードを使ってオリジナル選手を作成してみる。
ここで野球に詳しくない人のために解説しておくと、投手にはいくつかの役割がある。まず試合の頭から投げる「先発」。いわゆるエースと呼ばれる投手はほとんどここに該当する。
先発投手は、可能ならば9回まで投げてくれるのが望ましいが、いつもそれができるわけではない。一般的に言って先発の責任領域は5〜6回まで。この後を受けるのが「中継ぎ」だ。中継ぎの役目は、8回までを抑えることにある。例えば先発が6回で降板したら、7回と8回が中継ぎの責任領域になる。先発が頑張って7回まで投げれば8回を抑えることが役目になる。長い間、中継ぎ投手はその役割が軽視されていたが、近年は投手分業制が浸透し、地位が飛躍的に向上した。専門投手も多く、チームの勝利に多大な貢献をしている。
先発と中継ぎの後を受けて、試合の最後を締めくくるのが「クローザー」。チームの守護神だ。クローザーが登板する時はチームの勝利が半ば確定していることを意味する。それだけにファンも大いに盛り上がる。逆に敵チームにしてみれば、守護神を打ち崩して勝利をもぎ取れば、相手に与えるダメージは計り知れない。接戦での9回の攻防は野球のもっとも華となるシーンだ。
さて、話は戻って、オリジナルで作成した投手ジェラルドである。中継ぎである彼が登板するということは、先発はすでに降板していることを意味する。ここで2つのパターンが考えられる。先発が予定の回数を投げて降板している場合は戦況が有利なはず。一方、先発が打ち込まれて降板している場合は劣勢になっている場合が多い。ジェラルドの能力だと、正直勝っている試合に出すのは不安を覚える。従って彼が登板するのは負けている試合での中継ぎが多くなるはずだ。
負けている試合での役割は、それ以上の損害を食い止めることにある。野球では満塁ホームランが出た時に入る4点という点差がひとつの目安となる。5点以上をリードしていれば、まあ安全圏と言っていい。逆に4点以内ならまだまだわからない。だから例えば、2対4で負けている時に登板した中継ぎが相手の反撃をきっちり抑えれば、逆転勝利が期待できる。中継ぎが打たれて2対6以上の点差がつくと、勝利は難しくなる。観客が帰り始めるかもしれない。これが中継ぎ投手の重要さだ。
では、ジェラルドはいかにして相手打線を抑えるか。ここからが思考の勝負だ。この時、考えなければならないのが、ジェラルドの持つ球種とバッターの特性。これについて順に見ていこう。
まずジェラルドの球種について。投手の基本となるストレートは、プロデビュー時で球速は時速122キロ。これは高校生並のスピードで、甲子園に出てくる高校のエースなら、ほぼ間違いなくこれよりも速い。つまりプロとしてはかなりの低速と言える。持っている変化球は、パーム、スライダー、シュート、ツーシームの4種。決め球になっているのがパームで、これは打者の手前でゆっくり、かつ少しだけ落ちる球。スライダーは利き腕と反対方向(ジェラルドは左利きなので、バッターに向かって右方向)に滑るように曲がる球。ジェラルドの持つスライダーはVスライダーと呼ばれ、曲がり方が下方向のスライダーだ。シュートはスライダーの逆で利き手方向(バッターに向かって左方向)へ横滑りする球。空振りを取る球ではなく、バットの芯を外すことを狙う球だ。ただ、ジェラルドのシュートは斜めに滑り落ちるシュートで、いわばシュートの亜種である。ツーシームはほとんどストレートと同じ球だが、わずかに縦に落ちる。これもバットの芯を外す球だ。
さて、実はジェラルドの変化球選択はかなりヘンである。パームとツーシームは役割が重なっているし、シュートもほとんど同じにしか使えない。バットの芯を外す球ばかりなので空振りを取らなければいけない時に困るし、唯一それに使えそうなVスライダーは、右下方向に落ちる。これが実はちょっとした問題なのだ。左投手であるジェラルドは左バッターを封じるために登板することが多い。これは左投手のほうが左バッターから見てボールを投げる動作が見にくいためだ。となると、左バッターに強くなければならないのだが、Vスライダーは左バッターから見ると、その落下していく軌道が見分けやすい。つまり、ジェラルドが求められる左打者対策という点で有利な球種ではないのである。
このように見てくるとジェラルドが、ちょっと使いにくい、ハッキリ言えばダメな投手であることが分かるだろう。球速が高校生並というのも問題だが、それ以上に変化球とのコンビネーションが悪く、投球が組み立てにくいのである。おまけにその使いにくい変化球が軒並みキレが悪く、変化も小さい。しかも直球との球速差もあまりない。ということは、何を投げてもほとんど同じようなスローボールになってしまう。ブンブン振り回してくれるバッターならまだ何とかなるかもしれないが、ミートのうまいバッターには非常に厳しい。
しかし、それでも登板するとなれば、相手打者を抑えなければならない。もちろん、真っ向勝負なんてことをやれば火だるまにされるのは見えているから、バッターの特性とタイプに合わせて対応していくしかない。まさに頭脳プレイしか手がないのだ。バッターの特性はどうやって見分けるのかというと、これは得意とするコースから識別していく。
ジェラルドはバッタバッタと三振を取るタイプではなく、バットの芯を外す、いわゆる打たせて取る投手だ。球種から考えると、右バッターにはインコース低めへのVスライダー、左バッターへは同じくインコース低めへのパームあたりが有効に思える。しかし低めに強いバッターには使いにくい手だし、インコースに強いバッターにも向かない。またそうでなくても同じコースばかり攻めたり、同じ球種ばかり投げると確実に打たれてしまう。これは実際の野球でもセオリー中のセオリーだが、ゲームでもしっかり再現されている。だから、投球を組み立てていかねばならない。
インコース低めで勝負をするなら、その前の球はアウトコースを投げておきたい。これも野球のセオリーだが、ゲームでもちゃんと通用する。アウトコースが得意なバッターなら、ストライクを投げると打たれるからわざとボールを投げる。となるとその前は……と、最後に投げる球からさかのぼって最初にどう入るかを考えるのだが、ここからが「プロ野球 熱スタ2007」の真骨頂だ。
例えば、初球、アウトコースのギリギリ、ボールになってもいい、くらい感覚でストレートを投げてみたとする。バッターがこれに積極的に手を出してきたとしよう。この時、バッターの様子(ゲームでのアクションパターン)を見ていると、とっさに合わせてきたか、狙って振ってきたかが分かるのだ。ミートを心がけているか、一発狙って振り回してきているかも分かる。バッターの反応は投球の組み立てにとって、もっとも重要な情報だから、これをビジュアルでちゃんと教えてくれていることは、ゲームとしてはかなりすごい。見た目の顔が似ているとか、そんなことよりも何倍ものリアリティがあるのだ。
先ほどの例で、バッターが狙って振ってきた場合、球種とコースのどちらを狙っているかを見分けなければならない。確かめるには、2球目を工夫すればいい。例えば、初球とほとんど同じところへ変化球を投げてみる。この時の反応でバッターの意図がより鮮明になる。もしここでアウトコースを狙っているとわかれば、インコースで勝負をすればいいし、アウトコースのボール球を引っかけさせてもいい。ストレートを狙っているとわかれば、パームやツーシームの出番だ。ストレートとほとんど同じ軌道を描き、ちょっとだけ軸をずらすこれらの変化球はまさにこうした時のためにある。
こうした駆け引きを繰り広げてバッターを打ち取っていくわけだ。これはプロでもアマチュアでも、野球ではみな同じである。投手が投げるまでの間は、それを試行錯誤する時間なのだ。だから見ている側も、ここで投手の狙いを読むと面白い。特にTV観戦をする場合は、投手の表情や投球内容が詳しく分かるので、よりこの楽しみが増す。もちろん、やたら長いのは問題かもしれないが、あの間合いは、日本的な美学でもなんでもない。駆け引きの必然から生まれているのだ。ここをはしょってしまっては野球というスポーツが成り立たない。「プロ野球 熱スタ2007」はそのことをハッキリと教えてくれるているのだ。
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