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ゲイムマンの「レトロゲームが大好きだ」:「龍虎の拳」は100メガショックと言わざるを得ない (1/3)

連載第74回にして、初めてSNKのゲームを取り上げます。ネオジオの「龍虎の拳」。100メガビットものデータ量を生かして、独特のシステムに加え、ストーリー性も盛り込んだ、人気の対戦格闘ゲームでした。現在でも、Wiiやプレイステーション 2で遊べます。

「そこら中で派手にやったる」

wk_090428rk01.jpg SNKプレイモアの本社ビルは、旧SNK時代からのもの。江坂の駅前にドンとそびえる

 大阪のキタとミナミをつなぐ大動脈といえる、地下鉄御堂筋線。その北側の終点が、SNKプレイモアの本社がある江坂駅だ。

 ただし終点といっても、線路はさらに北へと続いている。ここから先は北大阪急行電鉄という別会社の路線だが、御堂筋線とは一体運用されている。なかもずから天王寺、なんば、梅田、新大阪を通ってここまで来た電車のほとんどは、そのまま北大阪急行に乗り入れ、千里中央まで至る。

 江坂から北大阪急行でひと駅。緑地公園駅で降りて外に出ると、服部緑地という広い公園がある。面積は甲子園球場の約33倍。ちょうど桜が見頃を迎え、家族連れでにぎわいを見せていた。ちなみに江坂−緑地公園間はたったの80円。北大阪急行は鉄道ファンの間で、初乗り運賃が日本一安い路線として知られている。

wk_090428rk02.jpg 服部緑地では桜のほかにポピーなども咲いていた。全国のさまざまな民家を集めた、日本民家集落博物館もある

 北大阪急行は、万国博覧会会場への輸送機関として、1970年に開通した。万博の期間中は千里中央からさらに東へ線路が伸びていて、万博会場まで達していた。

 現在、千里中央と、会場跡地の万博記念公園を結んでいるのが大阪モノレール。伊丹の大阪空港から、千里中央、万博記念公園、そして門真市までつながる長い路線で、さらに万博記念公園から彩都西への支線もある。

 万博記念公園も桜が満開。江坂からはやや離れているが、江坂と同じ吹田市に属する。

 万博記念館で、各パビリオンの展示品やスタンプ、記録映画を見ると、当時の人々が抱いた未来への期待がうかがえる。その反面、当時から見た未来は現在から見れば過去であることを実感し、時の流れを感じてしまう。

 テレビゲームも同じ、というか技術の進歩が速いため、時代の流れも速く感じられる。かつて「100メガショック!」というキャッチフレーズで大容量をアピールしたネオジオのゲームが、今ではWiiのバーチャルコンソールで、ダウンロードできてしまうのだ。

wk_090428rk03.jpg 大阪モノレールは、モノレールとしては路線長が何と世界一で、ギネスにも登録されている
wk_090428rk04.jpg 万博といえば、岡本太郎氏の「太陽の塔」。万博開催中は、足元をテーマ館の大屋根が囲んでいた
wk_090428rk05.jpg 太陽の塔の背中側が、桜並木になっていて、満開の花であふれていた

「すごいゲームを連れて帰ろう」

 家庭用ゲーム機の性能がものすごく高くなった今では考えられない話だが、ほんの十数年前までは、アーケード(ゲームセンター)のゲームを家庭用機に移植しようとすると、かなりのスケールダウンを余儀なくされたものだった。

 例えば、「アウトラン」(セガ)がアーケードに登場したのは1986年だが、この年の家庭用ゲーム機では、ようやくファミコンにディスクシステムが出た頃。アーケードとファミコンでは、それほど差があったのだ。

wk_090428rk06.jpg バーチャルコンソールでも、ネオジオの起動画面は再現されている

 ネオジオはSNKから、1990年、つまりスーパーファミコンと同じ年に登場した。最大の特長は、アーケード用ゲーム基板「マルチビデオシステム(MVS)」と互換性があり、MVSで発売されたゲームが、家庭でもほぼそのままの形でプレイできたことだ。

 そのかわり、価格がかなり高かった。家庭用ネオジオ本体が5万8000円。ゲームソフトは安くても1本1万数千円、高いものは2万円以上(後に3万円を超えるソフトも多数現れた)。いくらアーケードそのままのゲームが遊べるといっても、敷居が高すぎる。そのため当初は、レンタルビデオ店での貸し出しが行なわれていた。初めのうちはソフトがまだ少なかったため、話題にはなっていたものの、実際に触れたプレイヤーは少なかったと思われる。

 そんなネオジオだが、対戦格闘ゲームがブームとなったことで転機を迎えた。「餓狼伝説」(SNK)や「ワールドヒーローズ」(アルファ電子)のヒットにより、これらを家で練習できる、家庭用ネオジオの需要が高まったのだ。

 「100メガショック!」というキャッチフレーズは、1992年からデータ容量が100メガビットを超えるソフトが作られるようになったため、それをアピールしたもの。当時のほかの家庭用ゲーム機では、4メガから16メガくらいのソフトが一般的だったので、100メガという数字はインパクトが強かった。

 そんな100メガビットを超える大容量のソフトが、今日ではWiiのバーチャルコンソールで購入できる。ダウンロードにかかる時間が意外と短いことに、時の流れを感じてしまう。かつては2万円以上したソフトも、今ではたった900Wiiポイントだし。

 さて、容量100メガを超えたソフトの第1弾が、今回取り上げる「龍虎の拳」である。

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