64年目の敗戦──「WAR PLAN PACIFIC」で太平洋戦争を3時間で追体験する:真珠湾から菊水作戦まで食後にトレース(2/3 ページ)
プレイヤーを史実に誘導するWPPの勝利条件
主要な海上兵力のみという種類が限られたユニットや、艦隊を編成して移動から戦闘というターン進行、集結した全兵力を一括して扱う戦闘処理など、WPPにおけるマップの“土地勘”や部隊運用の“感覚”は、アバロンヒルからちょうど30年前に出版された「Victory in the Pacific」(以下、VITP。邦題はホビージャパン版が“太平洋の覇者”、木屋版が“太平洋上の勝利”)に近い。実際、海外のゲームレビューでは「WPPは、Victory in the Pacificの影響を受けたゲーム」と評されることも多い。
ただし、ゲームの経過やプレイヤーの戦略方針はWPPとWITPとでだいぶ異なる。これは、WITPの勝利条件が、「占領しているエリアから得られる勝利ポイントの蓄積を比べる」だけだったのに対して、WPPでは、複数の勝利条件が設定されていて、その条件を満たすためにプレイヤーの行動が史実に近づくように誘導されるためだ。
WPPの勝利条件には、「日本が備蓄していた“Oil”を使い切る前に、南方資源を産出するボルネオ、シンガポール、ジャワを占領し、輸送航路のフィリピンと台湾の制海権確保」、「米豪連絡線を遮断するサモア、フィジー、エンスピリッツサントいずれかの占領と半年間の確保」、「B29で本土空襲が可能になるマリアナ、フィリピン、台湾、硫黄島の占領して得られる“爆撃ポイント”の蓄積」が設定されている。備蓄したOilが底をついた時点で日本軍の負けとなるため、開戦劈頭、日本軍は南方資源の確保に全力を注ぎ、米軍は南方資源を守りつつ、日本本土に隣接するアリューシャンとミッドウェイを経由して真珠湾から牽制攻撃をかけることになる。
南方資源が確保できた日本軍は、勝利条件に従って米豪遮断作戦を発動することになるが、本土攻撃をたびたび受けている日本軍としては、本土防衛のためにアリューシャンとミッドウェーの攻略も検討しなければならないし、本国艦隊からR級などの有力な水上兵力の増援を受けて南方資源の制海権奪回を試みるインド洋の英国海軍も考慮しなければならない(基地を占領しなくても、RAID任務の艦隊による攻撃が成功すると、制海権を確保したとみなされて、基地の耐久力が減少し、日本本土へ資源を送れなくなる)。
また、米豪遮断作戦で最も効率がいいのは、クエジェリンからタラワを占領し、そこからサモアに進撃することだが、この場合、米軍にタラワを突かれると一気にサモアまで失うようにマップがデザインされているため、トラックから内南洋のラバウル、ガタルカナルと進んでエスピリッツサントまで進出するという、時間と上陸船団が必要になるが敵の反攻には強いという、史実に沿った戦略も候補に挙がってくる。
このように、日本軍プレイヤーは、限られた海上戦力と少ない上陸船団でどこを優先して攻略するのか、軍令部と連合艦隊のあつれきを現実と同じように脳内で再現しながら悩むことになる。
一方で、連合軍にも戦略上の問題を抱えている。1943年以降にエセックス級空母をはじめとする大量の増援兵力が登場する連合軍は、何も考えずとも日本軍を撃破できるようになる。多くの太平洋戦争ウォーゲームが1943年以降のターンで実質的にプレイが終了してしまうのは、勝利条件が、占領した拠点と撃破した敵戦力から得られる勝利ポイントの優劣で設定されているのと日本軍と連合軍とで兵力バランスが圧倒的に差がついてしまうため、勝敗が見えてしまうからだ。
しかし、WPPでは、1944年5月以降になると、日本と連合軍の戦力バランスやそれまでに発生した戦闘の勝敗、勝利条件への到達度、そして、戦争が継続している期間などの要因が影響する「米国内の反戦運動の高まり」(それによって左右される大統領選挙の結果?)によって、米国が日本に和平を申し出る可能性が出てくる。そのため、連合軍プレイヤーは、日本軍を積極的に撃滅しつつ、B29で日本本土を空襲できるマリアナやフィリピン、硫黄島、台湾を早期に占領し、B29の日本本土爆撃によって得られる勝利条件を実現させて戦争の長期化を避けることが求められる(日本軍にすれば、緒戦でできるだけ勝利を収め、勝利条件の実現の可能性を残しつつ、マリアナや硫黄島、フィリピン、台湾を防衛して戦争を長期化することが求められる)。このように、両陣営プレイヤーは最後まで手が抜けない展開になる。
シンプルなシステムなのに、史実に近い“思考”になるゲームデザインの技
多くのPCゲーマーには、ストラテジーゲームなのにリアルタイム制ではなく旧態然と思えるターン制を採用していくことや、ストラテジーゲームには必須といえる生産ルールが含まれていないWPPに不満を感じるだろうし、「零戦32型は足が短くて使えねー」「主砲の最大仰角が異なる“陽炎級”と“夕雲級”で対空火力が同じなんてリサーチ足りねー」「特二式内火艇が登場しない太平洋戦争シミュレーションゲームなんてありえねー」とユニットスペックのディティールを重視するPCウォーゲーマーには、登場するユニットが主要艦艇のみで、航空ユニットはF4FもF6Fも零戦も紫電改も区別なし、陸軍ユニットにいたっては輸送船団でひとくくりに扱われWPPが物足りなく思えるだろう。
オープニング画面に描かれた「大雑把な日本軍艦船イラスト」もあいまって、より細かいスペックが反映されないシンプルなゲームデザインを採用したWPPに一抹の不安を感じるPCウォーゲーマーも実際に多いと聞く。しかし、先に説明したように、ゲームの展開は意外にも史実から大きく逸脱することもなく、プレイヤーの思考も史実の軍令担当者(軍令部作戦課課員といったところか)に近い。シンプルなシステムとユニット構成で短時間のプレイが可能でありながら、ゲームの展開やプレイヤーの思考は史実に近く、勝利条件の設定によってゲームバランスと最後まで緊迫した展開が太平洋戦争のウォーゲームでも実現できたことは、高く評価できる。
ターン制の採用や、1ターン1カ月という長い期間のくくりで空戦や海戦、陸上戦が処理されること、また、陸上ユニットが省略され、航空ユニットには型式の区別がなく、海上ユニットに駆逐艦や特務艦艇が存在しないことも、戦略級ウォーゲームデザインとしては、至極妥当であったりする。
1ターン1カ月というターン制で、よくあるのが「空戦や海戦、陸戦が1カ月に1度しか発生しないなんておかしい」という批判だ。しかし、WPPが戦略レベルのウォーゲームであることを考えると、それほど不自然ではない。
戦争では、戦略方針(ウォーゲームでは勝利条件で設定される)に基づいて攻略目標が決定され、その攻略を成功させるために必要とされる海陸空の兵力と物資が目標に投入される。投入された兵力と物資を実際に運用して、艦隊や基地航空隊、攻略部隊の編成や配置を定める作業は作戦指導のレベルで行われ、そうして編成された部隊を実際に進撃させ、戦闘で敵を撃滅し目標を攻略するのは戦術レベルの命令で実行される。
このように、意思決定で多層構造を取る戦争という事象の再現において、下層の結果は上層の決断でほぼ決まるされるといっていい。戦略レベルのミスを戦術レベルで覆した実例は、太平洋戦線に限っても皆無だ(個別の海戦や空戦、陸戦で勝利を収めても局所的な影響にとどまる。逆に、戦術レベルのミスを戦略レベルでカバーしたことはポートモレズビー作戦やガタルカナルの一連の作戦など、数例が挙げられる)。
WPPのように現実的な時間でプレイできることを考慮する場合、下層の事象から省略していき、上層の戦略レベルでゲームをデザインする。この場合、攻略目標を設定し、そこに必要な兵力量と物資量を決定して投入するまでがプレイヤーの管轄と考えられる。攻略作戦をシミュレーションモデルにおける1つのまとまりとして考えると、時間のまとまりは、攻略作戦の成否を最終的に決める陸上兵力による大規模攻撃の準備と実施に要する1カ月になる。史実の太平洋戦争では、陸上部隊による大規模攻撃の成否は、陸上部隊への補給の成否で決まり、その補給は制海権を確保している陣営だけ可能であった(ソロモン作戦におけるネズミ輸送やアリ輸送は個々の成功例はあったものの、戦略目標を実現するだけの補給を行うことは不可能だった)。
このように、関係する要素を史実の因果関係を損なうことなく、かつ、可能な限り排していくことでプレイ時間の短縮を目指したWPPでは、敵海上兵力を排除して制海権を確立することが攻略目標の占領とみなすことになる。それゆえ、陸上兵力は上陸船団としてのみ存在すればよく、部隊の規模に関わらず陸上ユニットは省略できるわけだ。
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