寒い冬をさらに寒くする!? ホラーアニメ「地獄少女」に迫る(2/3 ページ)
さらに大森氏は「絵柄も多くの人に受け入れられた要因ではないか」と語る。「こんな内容だから、やっぱりリアリスティックなものがいい。でも、少女漫画的な耽美さも少し残しているんですね。それが物語にフィットしている」のだそうだ。阿部氏もその意見には賛成していた。「確かに絵が与える影響も大きいと思います。たとえばあいなんかにしても、男性だけに訴える、いわゆる“萌え”系の女の子ではなく、女性にも受け入れやすいキャラクターができたと思っています。性別だけに限らず、年齢的にも好き嫌いが偏らない絵柄になっているんじゃないでしょうか。マンガは少女雑誌で連載されているんですけどね」。
ここがひとつの重要なポイントであるように思う。というのも、“年齢や性別による嗜好が偏らない”絵柄になっている背景には、重大な理由があるのだ。
今のテレビアニメは、視聴者の “ターゲット”を絞るのが成功の秘訣と言われている。それは、膨大量の情報に基づいたマーケティングに裏打ちされた定説であり、もちろん信憑性も高い。しかし本作では、その“ターゲット”を絞りきらなかったそうなのだ。「企画段階ではジュニア層にターゲットを絞っていたんです。でも、それだけではつまらないなと。欲張りなもので、“せっかくならもう少し上の世代にも見てもらいたい”という気持ちが出てきたんです。そこで、どこかにターゲットを絞った作り方は排除して、エンターテイメントを突きつめようと考えました」と阿部氏は振り返る。
そのアイデアが見事に的中する。視聴者の年齢や性別を見てみると、関西に拠点を置くMBSでは10代20代の男性視聴者が多く、関東の東京MXテレビでは(「なかよし」での連載や夕方の放映も影響もあるだろうが)ジュニア世代の女子に人気が高いそうだ。二兎追うのが容易ではないテレビアニメ界において、幅広い世代から支持を受けている「地獄少女」。その背景には、定説を恐れない“チャレンジ”が隠されていたのである。
そんな本作について、ひとつ気になるところがある。それは、オリジナルアニメに至った経緯だ。現在のテレビアニメでは、コミックやゲームの人気作を元にした“原作あり”の作品が主流。もし原作がなかったとしても、いわゆる“萌え系”“ロボット系”というような人気ジャンルを扱うのがほとんど。ホラーというあまり前例のないジャンルでオリジナルアニメを作るというのは珍しく、またリスクも高い。そんな企画が映像化されるまでを阿部氏にうかがうと、「いろいろな人たちの努力がありましたし、タイミングもよかった」と笑いながら答えた。
事の発端は、本作の原案者・わたなべひろし氏。わたなべ氏と言えば、「うえきの法則」や「tactics」、「逮捕しちゃうぞ(第1期)」や「魔術士オーフェン」など、数々の人気テレビアニメで監督を務めている人物。そのわたなべ氏から阿部氏に「実は考えているキャラクターがいる」と、企画の話があったそうだ。セーラー服の髪の長い少女で、少しホラーチックに描かれていて……。あまり見ないタイプのものでしたし、少女のモチーフも大変おもしろかったので、これはアニメ化できないかなという話になったという。さすが実績のある監督というところか、興味深い企画であったために阿部氏たちはすぐにアニメ化に向けて動き出した。
ところが、そんな阿部氏たちの前に現実という壁が立ちはだかる。「オリジナル作品をアニメ化するのってすごく難しいんです。どこの雑誌で連載しているとか、原作がどれだけ売れているかが、テレビ局にプレゼンする際の基礎になってしまう」という理由から、即アニメ化には至らなかった。結局阿部氏たちは、この企画を3年以上も懐に温めておくことになる。
しかし、その間もめげることなく、打ち合わせだけは続けていた。「“地獄会議”なんて呼んで、年に数回の打ち合わせだけはしていたんです。と言っても、毎回最初の1時間くらいは真面目に話をしているんですが、後半になると “こんな恨めしいことがあった”というような怨み言の告白大会みたいになってしまうんですけどね」。
ネタ出しはバッチリ(怨み言の告白でだが)、企画も練りこめるだけ練りこんだ。そうして迎えた3年目の2005年。阿部氏たちに転機が訪れる。「別の仕事で、『なかよし』の編集部の方々とお話をする機会があったんです。そのときに、私のほうから『地獄少女』という企画があることをお話しました。すると、幸運にも連載してみようかということになったんです」。言ってみるものだ。今まで企画を温めるだけだった3年間が嘘のような返答で、マンガ連載の話が持ち上がる。
「でも、順調に連載開始というわけでもなかったんですよ。編集者の方にとてもとても頑張っていただいて、ようやく連載までこぎつけることができたんです」。実績ある監督の原案とは言え、企画段階にあるものをマンガ化させるというのは容易なことではなかっただろう。しかしこうして、「地獄少女」の企画は日の目を見ることになる。さらに、この決定は“マンガ化”という以上に大きな意味を持っていた。
「コミック誌での連載が決まると、圧倒的にテレビ局に話を持ち込みやすくなるんです」と阿部氏が語るように、今までの企画段階とは状況が一変。雑誌の発行部数や読者層などから計算材料も多くなり、明確な数字を出してのプレゼンが可能になり、テレビ局に与える印象も格段に向上した。こうして阿部氏は「なかよし」での連載決定を期に、「地獄少女」の企画をスカパーウェルシンクの清水取締役部長に持ち込んだという。
といっても、1つの企画だけを持っていったわけではなく、アニプレックスを代表して原作ありの作品からオリジナルの企画まで、何作品かのプレゼンをした。そんな中で、清水氏の目に止まったのが「地獄少女」だった。「プレゼンしたものの中で『地獄少女』が一番面白いと言っていただけました。そうして、ようやくアニメ化の実現に至ったんです」。
紆余曲折ありつつもどうにかアニメ化にこぎつけ、企画段階から3年以上の時を経て、ついに製作に取り掛かる。だがそこでまず頭を悩ませたのは人選だったという。
もともと監督業を主とするわたなべ氏の原案からはじまったこの企画だが、スケジュールの都合などもあって、わたなべ氏以外の人物が監督を務めることになる。そこで、この作品の方向性を明確にする必要があった。「意見をケンカさせながら別の形の作品を作るのではなく、原案をうまく活かして、より発展させた作品にしたいと思ったんです」と阿部氏は当時を思い返す。白羽の矢が立ったのは、大森氏だった。
「当社製作のアニメ『学園アリス』などで監督の作品を知っていたということもあり、大森さんがいいなと思ったんです。この人なら、原案を活かしつつメジャーな雰囲気に作っていただけるという確信がありました。わたなべ氏も大森さんが監督になることに賛同してくれましたね」
その起用は成功したと言える。阿部氏が語るメジャーな雰囲気というのは、先に大森さんが語った“アニメではない見せ方”などに現れている。阿部氏曰く「アニメっぽさを減らすことによって、恐怖とか、臨場感とか、よりよいものが出せていると思います。少なくとも、私たちが思い描いていた雰囲気を壊さずに、想像以上のものができている」。しかも大森氏は“メジャーな雰囲気”という話を、このとき「初めて聞いた(笑)」というから驚きだ。ではなぜ、言葉で伝えられたわけでもないのに、その方向性が伝わったのだろう。
大森氏はこう語っている。「それはやはり、企画書に込められたイメージ……、意思ではないでしょうか。私はこの作品の企画書を最初に見たときに、キャラクターの芝居を見たいと思ったんです。メロドラマ的な虚実を尽くしたドラマの中で、映画やドラマを見るような視点で人の動きや芝居が見られたらなと。そうなると、どうしてもリアリティが先に行かざるをえなくなる。リアリティにこだわっているわけではないけれど、人間同士の関わりだとか、そこにまつわる人の業だとか、そういった物を描こうとしたときに、逃れられない要素だったんです」と。わたなべ氏や阿部氏が確たる意図を持って行った起用は、その方向性を変えることなく作品に伝わっていた。それはやはり、繰り返された打ち合わせにより、ブレることのないビジョンがあったからに他ならない。
そして、そこまで決まってしまえば大森氏曰く「スタッフ一丸となって作るだけ」だった。製作スタッフの妥協のない作業により、企画から作品へと変わっていく。「作品のクオリティを決定する大きな要素の1つに、どこまでリテイク……、描き直しできるかということがあると思うんです。本作はその点について妥協が一切ない。大森監督がギリギリまで頑張ってくれているんですよ」と阿部氏が答えると、大森氏は苦笑いをしながらこうつけ加えた。「現場が頑張ってくれているということです。スタジオ自体がねばってくれた。……本当に大変でしたけどね」。
――こうして、2005年10月、テレビアニメ「地獄少女」は産声を上げた。
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